技能実習生へ「みんな待ってます」タイ語の手紙に反響
タイ語で技能実習生への手紙を書いた瀬川英孝さん=奈良県橿原市
「スタッフみんなベンツ君が日本に来てくれることを、心待ちにしています」。短文投稿サイト「ツイッター」に投稿された、タイ語と日本語の手紙が反響を呼んでいる。筆をとったのは奈良県橿原市の自動車整備会社「瀬川オート」の社長、瀬川英孝さん(49)。今年10月に受け入れ予定だったタイ人の技能実習生が、新型コロナウイルスの感染拡大で来日できず、「ベンツ君と家族の不安が少しでもなくなれば」という思いで手紙を書いた。(田中一毅) 【写真】反響を呼んだタイ語と日本語の手紙 「瀬川オート」の従業員は瀬川さんと妻を含め、計5人。人手不足に悩んでいたとき、「タイの若者たちが技能実習生として日本で技術を学び、その後、母国で活躍している」という話を耳にした。 「これも何かの縁。力になりたい」。瀬川さんはタイ人の技能実習生を受け入れようと決意。今年2月、日本オートビジネス協同組合(東京)が主催する合同面接会に参加するため、タイ・チェンマイへ飛んだ。 採用試験には、タイの専門学校などで自動車整備技術を学んだ40~50人が集まった。3人一組の面接は通訳を介して行われ、「みんな技術も受け答えもしっかりしていたが、そのうちの1人の笑顔がすごくよく、うちに合うと思った」。それが「ベンツ」というニックネームのカムセーン・ティラパットさん(18)だった。 瀬川さんによると、タイでは名前にニックネームを付けるのが一般的だと聞いたといい、「子供にお金持ちになってほしいなら『ゴールド』。車好きなら車に関係する名前をつけるようで、ベンツ君の両親は車好きなのかも」と笑う。 面接後、合格を告げ、名刺に「スタッフ一同心待ちにしています」と調べたタイ語を添えて手渡すと「本当に喜んでくれて」と振り返る。 ■タイ語調べて…ツイッターに反響 しかし、その後世界的に新型コロナが蔓(まん)延(えん)。10月に予定されていたベンツ君の受け入れも当面延期となった。 「ベンツ君は自分がどうなるか不安な気持ちでいっぱいではないか…」 瀬川さんの息子はベンツ君と年が近いこともあり、心配になって手紙を本人と家族へ送ることにした。少しでも安心してもらいたい一心だった。 タイ語を学んだことはなかったが、インターネットの翻訳機能を使い、一つ一つの単語や文章を調べながら、手紙をつづった。日本語で書いた同じ内容の手紙も添えた。 11月に完成した手紙を会社のツイッターに投稿。すると、大きな話題となった。「世の中の技能実習生を迎える社長がみんなこうだったらいい」「とてもあたたかい気持ちになりました」。ツイッターのコメント欄にはこうした声が寄せられたほか、会社にも「感動した」というメールが届いた。瀬川さんは「深い考えなく投稿したが、反響に驚いている」と話す。 ■来年来日へ「力になりたい」 技能実習生をめぐっては、受け入れ先で賃金や残業代の未払いといったトラブルや、実習生自身が失踪するなどの問題も起きている。瀬川さんは、実習生を取り巻くこうした問題を今回初めて知ったといい「受け入れるからにはいいかげんなことはできない」と表情を引き締める。 入国制限の緩和によりベンツ君は、来年早々に来日する予定。「コミュニケーションの不安をなくし、1年で覚えるものを半年でも早く覚えてもらいたい」と専門用語をタイ語に訳した単語帳を作成しようと考えている。 手紙は日本オートビジネス協同組合の関係者を通じて届けられ、ベンツ君は「大変喜んでいた」という。瀬川さんは「技術を少しでも覚えて帰ってもらって、母国で商売ができるようにしてあげたい。微力でも、その力になりたい」と来日を心待ちにしている。 ◇ 外国人技能実習生 発展途上国の外国人に、日本の企業などで働きながら技術を学び、母国の経済発展に尽くしてもらう目的で平成5年に創設された制度。令和元年末時点で国内の技能実習生は約41万人に上る。最も多いのがベトナム、次いで中国、フィリピン。昨年、特定技能を柱に受け入れを拡大する改正出入国管理法が施行された。