「ベン・サオリ。営農部中部営農センター園芸課、中部野菜集選果場を命じる」。10月下旬、熊本県阿蘇市のJA阿蘇本所2階の会議室。原山寅雄組合長(64)が、20代のカンボジア人女性5人にそれぞれ辞令を手渡した。
5人は4月に始まった新在留資格「特定技能」外国人。これから5年間、同JAのトマトやアスパラガスの選果場などで働く。同JAが「人手不足の農業現場の救世主になるのでは」と期待を寄せる“金の卵”たちだ。
西日本一の夏秋トマト産地で、県内有数のアスパラガス産地の阿蘇地域だが、2016年の熊本地震で幹線道路が寸断され、選果場の働き手確保が危機的状況に陥った。
ただ、同JA管理分だけで阿蘇地域に約80人いる技能実習生たちは、選果場での作業は認められていなかった。特定技能が始まるや県内トップを切って受け入れに動いた。
特定技能は農漁業や介護、飲食料品製造など、人手不足が深刻な14分野に限って認められる。技能実習の修了者や試験で認定した外国人は、最長5年(特定技能1号の場合)、日本で働くことができる。政府は今後5年間に最大で、農業3万6500人など14分野合計で計34万5150人の受け入れを見込む。
メコン川沿いの町で育ったポーン・ラケナさん(29)は、8人姉弟の4番目。今年1月まで阿蘇市で技能実習生をしていたが、期限がきて帰国を余儀なくされた。「再び日本に来ることができてうれしい。もっと頑張ってお金を稼いで、帰国したら美容師の学校に通うの」
ベトナムとの国境に近い南東部出身のチョーン・セイヤさん(23)も、今年3月まで阿蘇で実習生だった。「日本を離れる時に特定技能のことは聞いていたから、ぜひ認めてもらいたかった」。夢は故郷でガソリンスタンドを経営することだ。同JAでは来年3月までに、さらにカンボジア人と中国人計11人の特定技能を受け入れる予定だ。
これまで、県内の農業現場は技能実習生の労働力に頼ってきた。県農林水産部の幹部は「労働者ではないという建前の技能実習制度は、働き方の制限が多い。阿蘇以外の農業現場も、特定技能に移行せざるを得ないのでは」と見る。
ただ、始まったばかりの制度をめぐり、混乱もある。
福岡の出入国在留管理局と熊本の出張所で「必要だ」と言われる書類が違うなどしたため、5人の再入国は予定より1カ月半ずれ込んだ。JA阿蘇営農企画課の副田慶太さん(36)は「国税から納税関係の書類を取り寄せて同じ国の機関である入管に出すなんて…、何とかならないのかな」と苦笑。原山組合長も「手続きの簡素化やマニュアル化が絶対に必要だ」と訴えた。(太路秀紀)
(2019年11月6日付 熊本日日新聞朝刊掲載)
最終更新:11/6(水) 12:07
熊本日日新聞